私はドラゴンクエスト、通称ドラクエが大好きである。
いうまでもなく、ファイナルファンタジーと人気を二分する国民的RPGシリーズだ。
もうすぐ発売される『ドラゴンクエスト7 リイマジンド』もめちゃくちゃ楽しみにしている。
そんなドラクエ好きの私が、数あるナンバリングタイトルのなかで「トップ・オブ・ドラクエ」を挙げるなら
バカリレ迷わず『ドラゴンクエスト5 天空の花嫁』です。
ゲームとしておもしろいのはもちろんだが、ドラクエ5は私にとって、幼年期の記憶と強く結びついた一本でもある。
社会現象となったドラクエ


私とドラクエ5のエピソードを書く前に、ドラクエシリーズの人気ぶりについて触れておく。
今振り返ってみても、当時の「ドラゴンクエスト」シリーズの熱狂ぶりは異常と言っていい。



ドラクエ新作の発売日は、単なる「ゲームの発売日」では片付けられない熱狂を帯びていたよ。
子供たちにとって一大行事だったし、世間的にも大事件と言えるものだったのだ。
ドラクエ3の熱狂
ドラクエ人気の象徴とも言える出来事が、1988年の『ドラゴンクエスト3』発売日の騒動である。
桁外れの人気ぶりから、発売日当日には学校を休む子供が続出したのだ。
それどころか会社を休む大人まで現れ、販売店には長蛇の列ができた。
発売日には量販店の前に数キロメートルの行列ができるなどの社会現象を巻き起こした。
「ドラゴンクエストIII そして伝説へ…」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2026年1月11日 (日) 01:18
URL: https://ja.wikipedia.org/wiki/ドラゴンクエストIII そして伝説へ…
あまりの過熱ぶりに「警察が出動した」という話まで残っているほどだ。



まさに伝説のゲームと言っていいよな!
とはいえ、当時、私はまだ小さな子供だったので、ドラクエ3の騒動をリアルタイムでは知らないのだけど。
休日発売に
ドラクエ3の熱狂的人気ぶりが社会問題にまで発展した結果、それ以後のドラクエの発売について、とある方針が決まった。
混乱が予想される平日の発売を避け、土日・祝日に発売される形になったのだ。
学校や会社を休む人が続出するほどの人気ぶりに、ゲームメーカー・エニックス側も対応せざるを得なかった、というわけだ。
企業姿勢として実に立派である。
休日発売のせいで起きた事件


「ドラクエは休日発売に」というエニックスの英断は、小さな町で小さな事件を生んだ。
それが私に降りかかったドラクエ5にまつわる事件である。
予約しなければ「詰む」
ドラクエ5も、例に漏れず発売前から大きな話題になっていた。
私もプレイするのが楽しみで楽しみで仕方がなく、発売日を指折り数えるほどだった。
私は、とある商業施設に入っていたゲームショップでドラクエ5を予約した。



「発売日にプレイできない」という状況は絶対に避けねばならなかったのです。
今ならパッケージ版が売り切れていてもダウンロード版を買えば発売日に遊べる。
しかし、当時はダウンロード版などというものは存在しない。
カセットを手に入れられなければ、遊べなかったのだ。
ドラクエのような人気ソフトは「予約しなければ詰む」時代だった。
予約したのに
そして迎えた、ドラクエ5の発売日。
数日前からわかっていたことではあるが、私はこの日、ドラクエ5をすぐに遊ぶことができなかった。
理由は単純で、ドラクエ5の発売日は私が通っていた小学校の運動会だったからだ。



なぜドラクエ5の発売日に運動会をぶつけたのか・・・!
その判断を下した人物を、当時の私がどれほど恨んだことか!
だが当然、「ドラクエがやりたいので運動会を休みます」などという主張が通るわけもない。
我が家は父・母・私・弟の4人家族。
このなかで唯一、ゲームを一切やらないのが母親だった。
当然、ゲームで遊ぶことに対する理解などは微塵もない。
「ドラクエがやりたいので運動会を休みます」などと主張しようものなら、秒でギガンテスにモシャスするタイプの母である。
小学生の戦闘力ではギガンテスに敵わないので、運動会に向かうことになった。
謀議
母親は「息子たちの晴れ舞台」とばかりにウキウキしていたが、私や弟は完全に上の空。
私も弟も運動が得意ではなく、何ひとつ見どころのない運動会になるのは火を見るよりも明らかだったからだ。
そんなくだらないイベントで時間を空費するのが腹立たしかった。



本来はドラクエ5をプレイできるすばらしい時間だったはずなのに!
私の静かなる怒りをよそに、運動会のプログラムはつつがなく進行し、昼を過ぎ、午後になった。
下記の工程をこなせばドラクエ5が待っている。見込みは数時間といったところか。
- 運動会が終わったら速攻で家に帰る。
- 疾風のごとく予約した店へ向かう。
- ドラクエ5のソフトを受け取る。
- 烈風のごとく帰宅する。
- スーパーファミコンの電源を入れる。
- ドラクエ5をプレイ✨
だが、この複雑な工程を行儀よくこなせるほど、小学生のメンタルは忍耐強くできていない。
脳内の悪魔がささやいた。



オヤジを先に販売店へ向かわせればいいだろ?
この策がうまく運べば、家に帰った瞬間にドラクエ5が遊べる。
父は、息子たちがゲームで遊ぶことに比較的寛容なタイプだったから、言いくるめられる公算も大きい。
こうして、私・弟・父の三人は密かに共謀し、父を「ドラクエ5受け取り役」として運動会会場から脱出させる作戦を決行することになった。
午後1時半頃だったと思う。
父親は、小学校から静かに姿を消した。
裏切り
母の洞察力を見誤ったと言わざるを得ない。
父の失踪を察知するや、我々の企みを即座に看破した母親は、ギガンテスにモシャスする寸前だった。
家に帰れば、私と弟は「どちらが先にドラクエ5を遊ぶか」で争う敵同士になる予定だ。
しかし、強敵ギガンテスを前に同盟を組まざるを得なかった。三国志である。
私と弟は、なんとかギガンテスの機嫌を取りつつ、無事に運動会の全プログラムを消化するという難事業を成し遂げた。



あとは家に帰るだけだ!
玄関のドアを開け、居間に入った瞬間、私と弟は目を疑った。


そこには、私と弟を差し置いて、ドラクエ5をプレイしている父の姿があった。
父はすでにパパスの息子になっていたのだ。
こんな裏切りがあっていいのか?
プレイまで数時間は待たされることを覚悟したが、その光景を目にしたギガンテスが父に痛恨の一撃を食らわせたので、意外とはやく順番がまわってきた。
私と弟のどちらが先にプレイしたのかは覚えていない。
神ゲー「ドラクエ5」


無事に順番が回ってきて、初めてドラクエ5をプレイしたときの感動は、今でも忘れられない。
- 主人公が成長し、結婚し、子供が生まれる壮大なストーリー。
- モンスターを仲間にできる革新的システム。
- ファミコン時代には表現できなかった美麗なグラフィック。
- 耳に残る数々のBGM。
- パーティが全滅寸前なのに一人でがんばるピエール。
何から何まで、それまでのRPGとは一線を画していた。
小学生ながら、ゲームの世界の進化にワクワクしたものだ。
ドラクエ5は私にとってもはや「トップ・オブ・ドラクエ」にとどまらず、「トップ・オブ・ゲーム」かも知れない。



マジで神ゲーなんだ。
後日談


あれから何十年も経った今。
あの日、運動会を抜け出してドラクエ5を先に遊んだ父は、もはや老境に差し掛かっているといっていい。
その父は、今でもスマートフォンでドラクエウォークをプレイしている。
散歩に出かけてはモンスターを倒し、イベントをこなし、私よりもよほど熱心なドラクエプレイヤーだ。
考えてみれば、あの日、父が私たち兄弟を出し抜いてまでドラクエ5を遊んだのは、裏切りでも何でもなかったのかもしれない。



オヤジも、ドラクエを早くプレイしたかったんだな。
3人のなかで、チャンスをつかんだのが父であっただけの話だ。
あのときの父と同じくらいの年齢になった今、当時の父の気持ちがよくわかる。
大人というのは子供が思っているよりもぜんぜん大人ではないし、なによりドラクエが楽しすぎる。
そう思うと、あのとき感じた腹立たしさも懐かしい思い出だ。
そういうわけで私にとってドラクエ5は、父が私たちを出し抜いていち早く遊んだことも含めて、永遠の名作なのである。
また、久しぶりにプレイしたいものだ。
そのときはよろしくな、ピエール。
